2013年03月02日

仁を身に付けるには感謝すること

仁とは?

映画『イップ・マン』で仁について的確な表現をしていますね。
「相手のことを自分のことのように思い、自分のことのように扱う」ことだと。
元々は、孔子の儒教です。
儒教には八つの徳目があります。
「仁義礼智忠孝悌叙」ですね。

その最初に来ているのが「仁」です。
キリスト教的な表現をすると「アガペー」となりますね。
世の全ては皆、兄弟姉妹という博愛主義です。
映画『ブラザーサン・シスタームーン』という作品があります。
日本ではあまり馴染みの無い映画ですが、プロテスタントの先駆けの映画ですね。




この映画では、主(創造主)は、野の草も野鳥も生かし愛している。
ならば人間を愛さないわけがない。
そして、全ての自然は皆、兄弟姉妹のようなものだと説きます。
主人公はフランチェスコと言いますが、彼は金持ちの商人の息子です。
何不自由なく生活しています。
しかし、周囲を見渡すと貧困・病・死・老いが溢れています。
ここらあたりは、シッダルタの東西南北の門から外で見たものと同じです。

仁徳を身に付けるのは大変です。
なにせ、自分の嫌いな者・憎む者も愛さなければなりません。

ただシンプルな仁徳の習得方法があります。
「感謝」です。
「ありがとう」と言うことです。
心で想ってみても駄目です。言葉を発しなければ。
赤の他人にもありがとうと感謝しましょう。
posted by 小町の影 at 18:36| Comment(0) | 人生で大切なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月23日

なんでもできると思うことが大事

信仰は山をも動かす、とは聖書に書かれています。
「山が信じるだけで動くわけ無いじゃ無いか?」
と疑問を感じる方がほとんどでしょう。
本当に山が動くならば、超能力者か紛れもない奇跡です。

しかし。
本当に山は動きます。
信じる力は、他者を結びつけます。
他者が応援するのです。

人間は思い込みの動物です。
経験上、「出来るわけが無い」と思い込みます。
また言い訳の動物です。
「時間が無い」
「金が無い」
「歳を取り過ぎた」
「家族を養わねばならない」
「能力やスキルが無い」
・・・・・。
とにかく言い訳をします。

言い訳は「諦め」と同義です。
諦めてしまった瞬間に、終わり。

何か大きな事を成し遂げるには、自分を信じることが一番です。
自信は信念です。
信念は何にも勝る最強の武器です。

何かを為すものと、為さぬ者にはほんの少し違いがあります。
性別や年齢や民族や経済力とは全く関係ありません。
「挑戦するか」「諦めるか」の違いです。
posted by 小町の影 at 00:00| Comment(0) | 人生で大切なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月24日

鳩のように素直に、蛇のように賢く

聖書では、「鳩のように素直に、蛇のように賢く」と御身イエスが言われました。
蛇はエデンの園でイブを誘惑した者です。
なぜ、「蛇のように」という比喩を使ってのでしょう?

旧約聖書のアダムとイブの話は、
ルシファー(サタン)が蛇に姿を変えて、イブを誘惑します。
ルシファーは悪魔の代表取締役社長ですね。

しかしキリスト教では「悪魔」とい呼び名は俗名です。
「堕天使」が正しいわけです。
なぜなら、元来は天使だったのですから。

ここで言われている「蛇」は堕天使ルシファーの全てを指すわけではありません。
観察力。
コミュニケーション能力。
慎重さ。
アイディア戦略
これらは、誘惑するには必用なスキルですよね。

「賢い」とは、自分以外の周囲を俯瞰して観ることができるというメッセージでしょう。
イエスが十二使徒に言われた警告(アドバイス)は、
十二使徒がイエスの死後、復活を目の当たりにして、霊的なレベルでイエスがメシアであることを本気で信じるようになることを知ってのことです。
これはさらに言えば、迫害に遭うという予兆も示唆しています。

実際に十二使徒はほとんどが殉教者ですね。
しかし、ローマ帝国でさえ、公教が「キリスト教」になるのですから、
彼ら十二使徒を含め、クリスチャンの行動力、説得力がいかに卓越しているかが窺えます。

当然、「賢さ」だけではイエスの教えを全うしていません。
だから「鳩のように」と最初に述べたのでしょう。
素直さと賢さのバランス。
これが大事なんですね。
posted by 小町の影 at 01:15| Comment(0) | 人生で大切なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。